鍼灸コラム
ヒプノセラピーで「催眠にかからなかった」と感じたとき
ヒプノセラピーを受けたあと、
「うまく催眠に入れなかった気がする」
「何も見えなかった」
「催眠誘導にうまく乗れなかった」
「もっと深く入れると思っていた」
そう感じる方がいらっしゃいます。
そして、「私は催眠にかからないのかもしれない」「ヒプノセラピーがうまくできなかった」と思ってしまう方も少なくありません。
けれど、イメージが鮮明に見えなかったからといって、催眠に入っていなかったとは限りません。
催眠状態に入っていても、思うように場面が浮かばなかったり、感情が出てこなかったり、あるところから先へ進めなくなったりすることがあります。
私は、そこにも大切な意味があると考えています。
催眠に入っていても、心に「ロック」がかかることがある
ヒプノセラピーでは、普段は意識しにくい感情や記憶、自分の内側にある思いに触れていくことがあります。
けれど、そのときの自分にとって、それに向き合うことがまだ怖かったり、辛すぎたり、受け止める準備ができていなかったりすると、心に「ロック」がかかったように、先へ進みにくくなることがあります。
何も浮かばない。
わからない。
急に意識が現実に戻る。
考えようとすると頭が働き始める。
催眠誘導とは違う方向へ意識が向いてしまう。
そんな反応が出ることもあります。
それを「私は催眠にかからない人なんだ」「ヒプノセラピーがうまくできなかった」と捉える必要はありません。
むしろ、
「今はまだ、ここから先へ行きたくない」
「そこに触れるのは怖い」
「今の私には、まだ早い」
そんな心の反応が表れているのかもしれません。
ロックを無理に外すことが目的ではありません
ヒプノセラピーというと、心の奥深くにある原因を探し出し、隠された記憶や感情を明らかにするものだと思われることがあります。
けれど私は、必ずしも「ロックの向こう側に何があるのか」を突き止めることが大切だとは考えていません。
なぜなら、ロックをかけていることにも、今の自分にとって必要な理由があるかもしれないからです。
無理に扉を開けようとするのではなく、
「私は今、ここから先へ行きたくないんだな」
「何かを怖いと感じているんだな」
「まだ触れたくないものがあるのかもしれない」
と、今ここにいる自分の反応に気づく。
それもまた、自分の心と向き合うということです。
「何も出てこなかった」ことも、ひとつの答え
ヒプノセラピーは、必ず過去の記憶が鮮明に見えたり、大きな感情が出てきたりしなければならないものではありません。
たくさんのものが見えるセッションもあれば、ほとんど何も見えないセッションもあります。
すっと進める日もあれば、心が立ち止まる日もあります。
大切なのは、どこまで深く入れたか、何が見えたかではなく、そのとき自分の心がどんな反応をしていたのか。
「進めなかった」という反応さえも、その時点の自分を知るための大切な手がかりになります。
だから私は、
「催眠にうまくかからなかったから、ヒプノセラピーは失敗だった」
とは考えません。
心が開いたところまで向き合うこと。
そして、心が閉じたところでは、その閉じた自分にも向き合うこと。
無理にロックを外すのではなく、
「今はまだ開けたくない自分がいる」ことを知る。
そこから始まるヒプノセラピーもあるのです。

